1 はじめに
昨今、顧問税理士はもちろんのこと、顧問弁護士や顧問社労士等、専門家の顧問サービスを活用している企業が増えてきました。
しかし、これらの顧問サービスを、その企業の成長のために戦略的に活用する企業は意外と多くありません。成長する会社、基盤のしっかりした会社は、専門家を上手に活用しています。顧問弁護士の活用もその一つでしょう。
企業経営は、どこの会社でも経営目標を明確に設定し、これを数字化して、いつまでにどのようにしてその目標をクリアするか詳細な計画を立て、各担当部にノルマを課してそれを実行させていきます。
常に、ゴールや目標を見据えてそこからフィードバックするという発想をして、今、何を行うべきかを考えて、経営を行っているはずです。
しかし、多くの企業は、企業法務については、ゴールから考えるという発想がほとんどありません。
ほとんどの場合、問題が起こった時に弁護士に相談し、それが解決したら、それで一安心しておしまいとしてしまいます。このとき、よほど簡単な事案でなければ、顧問料とは別に事件処理のための弁護士費用が必要となります。
また、事件処理後に、経営者が弁護士とともに、問題の根本は何かを話し合い、今後の対策まで取ることは必ずしも多くないため、同じような問題が繰り返し発生してしまうということが往々にして発生します。
結果、弁護士に支払う顧問料以外の弁護士費用がその都度かかることになってしまうため、会社の経費が増えてしまい、損失を増やすことになります。
企業法務の真の役割は、問題を根本から解決し、同じ問題が起こらないように対策することにあります。しかし、場当たり的に弁護士に事件処理を依頼するだけでは、根本からの解決には必ずしもつながらないのです。
企業経営と同様にゴールを設定し、企業経営に問題が生じないように予防することこそが企業法務の重要な役割です。
2 企業法務のゴール
それでは、企業法務のゴールとは何でしょうか?
それは、次の3つに集約されます。
① 紛争を予測して未然に防ぐこと、つまり、戦わずして勝つこと
② 万が一、裁判になった時に備えて確実に勝訴できるように準備し、現実に裁判に勝つこと
③ 徹底したコンプライアンス体制を構築し、永続した企業経営を行うこと
この3点です。
企業法務を考える際には、企業経営と同様に、これらのゴールを明確化し、今何をやるかを明確にする必要があります。
しかし、現実には、企業法務において、これが徹底されている企業は多くありません。それは、経営者や法務担当者の認識には、企業法務に対する認識の誤りがあるからにほかなりません。
以下では、その認識を明らかにしつつ、その認識を改めていただくとともに、顧問弁護士の活用方法を知っていただき、強い企業経営を行っていただくことを目的としておりますので、是非ともご一読ください。
3 企業法務における誤解
企業法務において、以下の5つの誤解があると考えられます。
誤解① 裁判は証拠がなくても何とかなる
誤解② 裁判に勝てば自動的に債権が回収される
誤解③ 弁護士は問題が発生してから使うものだと思っている
誤解④ 法務は顧問弁護士に丸投げしておけばよい
誤解⑤ 企業不祥事が増えたのは悪い経営者が増えたから
この5つです。これらの誤解があるがゆえに、顧問弁護士をうまく活用した企業法務ができていないと思われます。
これらの誤解について、解説していきたいと思います。
4 1つ目の誤解 ~裁判は証拠がなくても何とかなる~
(1) 裁判では、証拠こそが全てである
相談される経営者や事業主の方の中には、裁判所は正義を実現する機関であると考え、証拠がなくとも、自身の言い分が真実であるから、契約書や議事録といった証拠を作成してなくてもなんとかならないかとおっしゃる方がいます。
問題が発生しても、最後は裁判所が自分の言い分を聞いてくれて自分に都合のよい判決を出してくれるのではないか、裁判所が真実を解明してくれて助けてくれるのではないか、という漠然とした期待感を持つ方が少なからずいらっしゃいます。
しかし、裁判所が、自ら指揮を執って正義を実現するということはありません。
裁判所は、立証責任を負う当事者が、その主張を根拠づける証拠を提出できたときに、その当事者を勝訴させ、証拠による立証ができなかった当事者を敗訴させる機関です。
裁判では証拠が全てなのです。証拠がなければ、いくら真実を主張したところで、裁判官は相手にしません。証拠作りをしない企業経営を行っておいて、いざ裁判となり、裁判に負けても、それは自業自得以外の何物でもありません。
だからこそ、普段の企業経営から、紛争になった場合を備えて準備をしようと考えなければならないのです。
特に、証拠の中でも契約書や領収書といった客観証拠を残すことが重要です。裁判では、証人よりも客観証拠の方が証拠としての価値が高く、勝訴するためには客観証拠を残しておくことが必須といえます。
経営者と法務担当者は、「自ら動いて裁判で勝利する」というゴールを設定して、証拠を残すよう行動しなければならないのです。
(2) 勝訴するためのポイントとは
裁判で勝訴するためには、当然、どうしたら勝訴になるのかを知ることが重要です。
裁判は裁判官主導の下、行われるため、裁判の勝ち負けは裁判官が判断します。どうしたら勝訴になるのかは、裁判官の考え方、つまり、裁判の判断構造を理解することが重要です。
裁判官は、どのような証拠があれば、どのような判断をするのか。それを押さえることが勝訴するためのポイントになります。
かの有名な任天堂の法務部が裁判で常に勝つのは、この勝訴のポイントを押さえ、経営陣にそのポイントを押さえた経営を行うように助言しているからにほかなりません。
経営者もこのポイントを押さえて経営することで、裁判になることを未然に防ぎ、万が一、裁判になったとしても勝利する体制を整えられ、強い企業経営を行うことができます。
5 誤解②~裁判に勝てば自動的に債権が回収される~
(1)裁判に勝つことと債権を回収することは別の話
これは経営者のみならず、多くの人が誤解しているところです。
仮に、裁判で勝訴判決を得たとしても、それだけでは債権は回収できません。裁判所がしてくれるのは、債権を回収する権利のお墨付きを与えてくれることまでです。
裁判所が判決の際に、債権を回収して渡してくれるわけではありません。
確かに、判決を得た後は債権を支払うこともありますが、多くの場合は、判決を無視して債権を支払いません。そのため、判決を得た後、今度は相手の財産に対して強制執行手続きを行う必要があります。
ここで、問題になるのが、相手に財産がない場合、または、相手が財産を隠してしまってわからない場合です。
相手に財産が本当にないのであれば、もうこれはどうしようもありません。判決を書いた紙はただの紙となってしまいます。
また、相手が財産を隠してしまっている場合も、裁判所が探してくれるわけではありません。興信所や探偵に頼んで財産のありかを調べてもらうことも不可能でありませんが、下手をすると回収する債権額よりも多額の費用を請求されることもあります。
前回も解説したとおり、裁判所が何とかしてくれるだろうという考えでは、債権回収は上手くいかないのです。
(2)債権回収のステップ
裁判に勝ったからといって債権が回収できるわけではない以上、企業は債権回収の方法とそのための準備を知っておく必要があります。典型的なものは次の5つです。
① 取引の前に入念に相手先企業の調査を行う。
② リスク分析を行い取引開始時に必要な担保を得る。取引開始後も、相手先企業の状況を随時確認し、倒産や債権回収に不安が残る場合には、担保提供を求める。場合によっては、取引終了も検討する。
③ 必要に応じて、あらかじめ調査しておいた財産に対して、仮差押えをして保全する。
④ 問題が発生したら、交渉によって債権回収を図る。できない場合は、担保権を実行する。
⑤ 裁判に勝ち、差押えを実行して回収する。
特に①の段階での企業調査が非常に重要です。顧問弁護士に依頼して、会社や会社が保有している不動産の登記を取得し、登記から読み取れる情報を獲得するということも検討するべきです。この程度の調査であれば、顧問契約の範囲で行うことが可能であることがほとんどでしょう。顧問弁護士を活用する1つの方法といえます。
6 企業法務に対する誤解③~弁護士は問題が発生してから使うものだと思っている~
誤解①と誤解②は、企業法務の中でも裁判に関するものでした。
これから解説する誤解③と誤解④は弁護士に関する誤解についての解説です。特に、誤解③は、我々のような弁護士をどのタイミングから使うのか、今後の企業法務について、非常に重要な点ですので、顧問弁護士をつけようと考えられている経営者や、現在顧問弁護士と契約している経営者の方は、ぜひ一読していただいて、弁護士が考えている「弁護士を使うタイミング」について、知っていただければと思います。
依頼した企業が売掛金の回収ができない場合、取引相手が契約内容を遵守しない場合、取引先が倒産することになりそうな場合に、弁護士を代理人として問題に対応するというのはごく自然な対応です。
しかし、企業法務の場合には、問題が発生してようやく弁護士を利用し始めるというのでは、既に手遅れでクライアントの意向を十分に満たすことが難しいというのが現実です。相談された際の弁護士側の意見としては、「もっと早く相談してくれたら、他に対応策を考えられるのにもう打てる手がほとんどない」と思うことも少なくありません。
このとき、「もう少し早く相談しようと思ったりはしませんでしたか?」とお聞きすると、必ず、「弁護士さんって、問題が発生してからお願いするものだと思っていました。」という答えが返ってきます。
弁護士の真の価値は、企業経営において問題が発生させないように経営者に助言できることにあります。私たち弁護士の活動が至らず、この認識がいまだに浸透していませんが、この記事を読んだ経営者の方は、今後の経営において、以下に書くように一秒でも早く弁護士に相談するという認識を持っていただきたいと思います。
(1)弁護士を企業調査に利用する
債権回収ができない主な理由のひとつに、取引前に相手の会社を十分に調査していないということがあげられます。それまでの信頼等からまさかこの会社がつぶれるとは思わなかったというのは本当によく聞く話です。しかし、現在、いつどのタイミングでどの会社が急に経営が悪化するかはわかりません。自社の債権を確保するためには、取引前に十分な調査が必要です。
弁護士は、企業の登記情報を取得し、読み解くことに長けています。適法に取得できる情報から相手の財務状況を予測して、交渉・取引に臨むというのは経営には必須の感覚のではないでしょうか。
(2)弁護士を契約交渉に利用する
企業法務で最も多い問題点としてあげられるのは、取引においてそもそも契約書を作成していなかったという場合か、契約書が作成されていても内容に不備があったという場合です。
契約書がなければ、当事者間でどのような取り決めがあったのかわかりません。また、契約書の内容に不備があれば、自身の請求ができなくとも文句は言えません。
取引段階から交渉役を弁護士に依頼すれば、少なくとも法律的な面での不備が生じることはありませんし、仮に弁護士に交渉役を頼まなくとも、どういう契約にするべきか、どういう契約書を作成するべきかというアドバイスをもらっておけば、債権回収が全くできないというリスクは著しく減少します。
(3)弁護士を担保設定の相談や手続きに利用する
「取引先が倒産しそうです。取引先にはまだ手持ちのお金は残ってると聞いていますし、資産があるはずです。何とか回収できませんか」というような相談はよくあります。
当然、ご依頼をいただければ、弁護士も全身全霊で回収交渉等を行い、1円でも多くの債権を回収できるように努力いたします。
しかし、倒産寸前の状態になってから債権回収を始めても時既に遅しという場合が非常に多いです。倒産寸前ともなれば、既に他の債権者も債権回収に動き出していますし、倒産するとして、会社が弁護士に破産手続きの依頼をすると、債権者による債権回収はできなくなります。
そして、破産手続きが開始されれば、債権者が受けられる配当はほとんどゼロに近いものとなります。
このような結果を避けるためには、取引に入る前や取引段階から弁護士に相談して、相手方の財務状況に不安な点があれば、いざという時に備えて相手方から担保を取れるように準備することが重要です。担保さえとっていれば、万が一破産手続きが開始されても、確実に債権を回収することができます。
しかし、担保権の設定は複雑で、経験と知識がなければ難しいでしょう。そのため、取引相手の信用不安が現実化する事態に備え、事前に弁護士に相談して適切な担保の設定をしておくことが重要です。
前述しましたが、弁護士の価値は、企業経営において問題が発生しないように経営者を手助けすることができることにあります。取引に入る前段階で問題が発生する場合を想定し、先手を取って対策しておくことが重要です。
7 企業法務に対する誤解④~法律は難しいから弁護士に全部任せてしまえばよいと思っている~
顧問弁護士をつけて難しいことは全て弁護士任せという経営者の方もいらっしゃるかと思います。しかし、顧問料の範囲で弁護士にやってもらえる業務は思いのほかわかりにくく、気づいたら弁護士費用がかさんでいることも少なくないと思います。また、顧問弁護士がついているにもかかわらず、企業が違法な状態になっているということも少なくありません。これらは、全て弁護士に丸投げしている弊害でもあります。
法律問題が発生すると、何も考えず、「法律は難解だから、弁護士に任せている」ということになりがちです。
確かに、世の中には膨大な数の法律があり、弁護士でも聞いたことのないような法律もあります。しかし、企業経営の中で、通常必要とされる法律知識というのは、多くありませんし、一般の方でも十分に理解することが可能です。また、法律について、全て弁護士に丸投げしていると、自ら法律について触れる機会がなく、法務を意識した企業経営には中々至りません。
そこで、自社でできることは自社で行って、問題を把握し、反省点があればその後の経営にフィードバックさせていくことが重要なのです。
例えば、昔は、内容証明郵便1通を出すのも字数制限等があって、自力で行うことは大変でしたが、現在はインターネットで検索すればひな形がいくらでも出てきますし、郵便局にすら行かずに出すことが可能です。あらかじめ、弁護士と相談してフォーマットさえ決めていれば、従業員が業務の一環として出すことも可能です。
支払督促手続もインターネットで簡単に申立てを行うことが可能となっています。申立書を自力で作成した上、弁護士にはその内容が正しいかどうかだけを確認してもらえば余計な費用もかかりません。
このように、内容的に複雑でなく手続的に簡単な手続きは、弁護士に依頼するよりも自社内で行うという方針を立て、内容や手続きに誤りがないかを顧問弁護士に確認してもらいながら進めていくという姿勢がベストです。そのようなシステム、姿勢をとることで弁護士費用を低減させて法務コストを削減しつつ、自社の問題点を法務担当者が的確に把握して経営者に報告し、改善を図っていくことにつながり、足腰の強い経営体質を創出することができるようになります。
もちろん、経営資源の問題で、これらの手続きを全て自社で行うことは難しいかもしれませんし、そこまで手が回らないという経営者の方もいると思います。しかし、法令遵守を強く求められる現代では、強い企業経営を行うために、ある程度は自社で法律を扱えるようになり、自主的に法令遵守を全うできる体制を作るということも必要になります。
8 企業法務に対する誤解⑤~企業不祥事が増えたのは悪い経営者が増えたから~
最後の誤解は企業を取り巻く環境についての誤解です。
近年、企業不祥事が多発しています。そして、企業不祥事が原因となり、マーケットからの撤退を余儀なくされた会社や利益が著しく減少した会社も少なくありません。そして、企業不祥事の報道を見たとき、決まってあるフレーズが目に入ります。「最近の経営者は昔よりも質が落ちた」というフレーズです。
しかし、企業不祥事が多くなったのは、決して、経営者の質が悪くなったからではありません。従来どおりに経営をしたとしても不祥事になる恐れがあるのです。
これは経営を取り巻く構造が従来から全く違うものになったからにほかなりません。
以前は、企業を取り巻く環境は、行政による事前規制であったものが、1980年代以降グローバル化が進み、自由競争が原則とされたことで事後規制を行うことが増えたことが原因です。
以前は、行政による事前規制があったため、そもそも不祥事を行う企業自体がマーケットに参入することは少なく、企業不祥事の数はそれほど多くありませんでした。しかし、事前規制を撤廃し、自由競争原理を持ち込んだことにより、市場に参入する企業自体の数が増え、ルール違反時に制裁を与えられる企業の絶対数が増えたのです。
しかも、ルール違反時の罰則は、企業がマーケットからの撤退を迫られるほどに重たいものもあり、社会の構造が完全に変容したのです。
その変化に気づかず、コンプライアンスを働かせずに、ワンマン社長が自らの常識の身を頼りとした従来通りの経営をし続けた結果、事後的規制に引っかかり、企業不祥事となっていしまっている場合もたくさんあるのです。
現在の事後的規制を中心とする社会ではたった1つの企業不祥事が、企業そのものの命取りになり得ることを経営者は強く意識するべきです。自らの常識のみにとらわれず、社会からどのような目で見られるのか、不祥事となった場合にどのような影響があるのかを考え、事前に、企業内部をコントロールし、粉飾決算等の不祥事や事故が発生しにくいシステムと、万が一、それらが発生したら被害を最小限に防ぎ、速やかに回復させるシステムを構築させることがこれからの企業経営には必要になります。
経営者は、コンプライアンスを経営の前提条件とし、経営者から企業の末端に至るまで全てに徹底されるという意識を持つことが重要であり、それが実現できなくてはいつか企業が消滅するという危機感を持つことが重要になります。
9 さいごに
以上のように、企業法務には様々な誤解があります。その認識を改め、企業法務も経営戦略に取り込むことが今後の企業経営には必須です。
この記事を読まれて、「うちの会社はどうなのだろうか」「顧問弁護士の使い方について話を聞きたい」等がございましたら、一度、弊所までご相談にいらしてください。
企業の業種、状況などから予想されるリスクの種類の大きさのみならず、企業の理念、経営者の考え方などから、その企業ごとにカスタマイズした顧問弁護士の使い方や顧問契約をご提案させていただきます。